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【真田丸】真田昌幸・真田信繁(幸村)真田信之の嫁、結婚、離婚、天守閣の雑学

最近、声かけをしてると真田丸を見てるという女の子が多いので、
NHKドラマをより楽しむため、ドラマを見てる歴女と会話を楽しむために、
真田丸ネタを集めてみた。


真田丸オープニングに出てくるCGの城

オープニングに出てくる滝が流れてる山の上にあるお城、

あのお城は沼田城。

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米子大瀑布(長野県須坂市)の上に、岩櫃山を合成した。
頂上に見える天守閣は沼田城をCGで再現。


1597年(慶長2年)に5層の天守閣ができたらしい。

ブラタモリの沼田編でも5層の天守閣が地図に出てた気がする。



河岸段丘の地形の上のほうに
5層の天守閣があったら凄い威圧感?が。

天守閣が建ってたところは本丸の真ん中だけど、
崖の際には3層の物見櫓が建ってたらしい。

この物見櫓は天守より前に造られてるから当時は壮観だったろう。

城というのは防衛する事が第一義だけど、
難所に豪壮な城を建てる事で謀反する気すら削ぐ目的もあった。

沼田は天守閣を作る必要も無いほど難所だったわけだけど、
あえて遠くからも眺める事ができる5層の天守閣を作って、
攻める気すらなくさせるという目的があったんだろう。


ペーパークラフト 日本名城シリーズ 1/300 上州沼田城




因みにそのあとに出てくる石垣と塀は、
岡山県高梁市備中松山城の大手門跡。
次に出てくる門は松代城の門。


慶長元年(1596年)に信幸が沼田城に本拠を移した際に、
5層の天守閣を築いたそう。



ついでに言えば、その時点で、関東で天守閣を備えた城は、沼田城以外には江戸城しかなかったそうで、
信幸が真田本家とは別に独立した大名だったことを示している。

1/350 DX城 江戸城


真田信之の嫁おこう、稲姫、信繁の側室、長澤まさみ演じるきり、黒木華の梅の話

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真田昌幸の兄の真田信綱の娘が最初の真田信之(信幸)の正室。


本多忠勝の娘が真田信之の妻となる、
吉田羊の役は本多忠勝の娘で後に徳川家康の養女になってから真田信之の正室になる小松姫の役


  • おこう正室→正室から側室に格下げ側室になった

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真田丸では病弱なゴホゴホ姫こと、おこうは史実では側室に格下げされてから長男産んで60歳すぎまで生きて子供をふたり残した。



噛み砕いて言うと、大泉洋真田信之)の病弱な妻は草刈正雄真田昌幸)のアニキの娘で、つまりはいとこ同士の結婚。
そしてアニキが亡くなったので本家筋の娘と息子を婚姻させることで草刈正雄が跡継ぎになった。
そして長澤まさみ(きり)の父と病弱な妻の母が姉弟だから長澤と病弱な妻もいとこ同士。


格下げで離縁しないというのは離婚できない繋がりがあるからと言われている。
真田家の本家と縁を切るために稲と結婚したという説も。


というのも、黒田官兵衛の時、黒田長政が、家康の養女をもらうために、正妻を離縁した。
その黒田長政が離婚した嫁は、大名の蜂須賀小六の娘。
それで黒田家と蜂須賀家は江戸時代に断交状態になる。

大名同志の離縁は相当難しいものだったようだ。

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長澤まさみの役きりは、高梨内記(中原文雄)の娘、采女(うめね)という側室と思われる。
采女(うめね)には次女三女がいる。
三女は阿梅といって仙台藩伊達政宗の右腕片倉小十郎に嫁ぐ。


真田家の末裔

大名家の真田宗家当主は慶應義塾大学理工学部電子工学科の真田幸俊教授。
しかも学部4年で参加した研究室の教授は松代藩士の子孫で、偶然に先祖の主君の 末裔の若様の師範役に指名されたことで不眠症に(お互い身元を隠してたのに、 研究室面接で「真田」という学部生が面接に来て教授が質問し、素性が判明した)



真田家家紋・六文銭家紋 (六連銭紋)

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真田氏の家紋は「六文銭」、これは仏教の世界観の六道輪廻からきている。

六道とは仏教において
天道(てんどう、天上道天界道とも)
人間道(にんげんどう)
修羅道(しゅらどう)
畜生道(ちくしょうどう)
餓鬼道(がきどう)
地獄道(じごくどう)
の6つの世界(道)のこと。
六道を合わせて欲界と言い、その上に色界、さらに無色界がある。
欲界・色界・無色界の3つの世界を合わせて三界と言い、人間などの生物はこの3つの世界で生死を繰り返すというのが、仏教が示す世界観。

六道 - Wikipedia


三途の川の渡し賃が、この六つながりの六銭とされることから編みだされたとか。

家紋の名称としては「六連銭」が正しいそう。

六道銭は三途の川の渡し賃、
三途の川の通行料とされており、死者を葬る時に遺体と一緒に埋めるもの。


真田家では家紋に六文銭を用いることで、死をもいとわない不惜身命の決意で戦争に望んでいることを示していた。
この家紋は武田家の重鎮、真田幸隆(幸綱)が旗印として採用したのが始まりとか。



大坂の陣の時に真田信繁真田幸村)が六文銭の旗を掲げて家康の本陣へ突入していった描写がテレビドラマなどで多くあるが、
実際は武具を全て赤一色で統一する赤備えで決戦に望んだそう。
これは徳川についた兄の真田信之(信幸)に気遣ったものらしい。


真田氏以外で家紋に六文銭を採用してるのは、
真田氏の親戚で、北条絶対潰すマン武闘派矢沢頼綱の矢沢氏が家紋にしている。
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真田幸村 出陣! 『六文銭 のぼり旗』 【赤】 (160cm×45cm)



結び雁金紋 (むすびかりがね)

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雁の両羽を円形に捻じった紋を結び雁金紋という。
真田氏の子孫の方のお話によると結び雁金紋は平和な時に用いた紋のようである。

家紋 貼付け紋 シールタイプの貼付け家紋【丸に結雁金】 KOM159


家紋の結び雁金からすると、海野棟綱の一族から来ている可能性がある。
そして武田家での実績からすると海野を継いでてもおかしくないが継いでない。
血統で弾かれたと推察できる。
よって海野嫡系ではない。






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